年内営業は明日まで。

今日と明日は30日の床磨きに向けての片付けに当てる。
と言っても、未整理の本を値付けしたり愛書会均一として仕上げるだけなのだけど(^^;。
全く余裕で終わる予定が、昨日の仕入れでむしろ未整理本が増えてしまっている。大変だ。なかなか進まない作業。しかしあせってはいけない。着実に片付けを進めていく。

昨日の時点で出た捨てる本を、紐で縛って今日の朝出した。
川崎市でも東京都並に事業系ゴミは有料化へ向けて準備を進めている。段階的に進めていく意味で、現在は有料袋を購入してそこに入れて捨てるように指導された。45リットルもの大きな袋だから本を入れたらスゴイ重い(^^;。崩れないように紐でキツク十字に縛って出すと、ブロック塀のようにゴミ置き場に立ち上がった。
東京都が有料化したときにも思ったけど、ゴミ袋をわざわざ用意するという事は、ゴミ袋分だけゴミが増える事になる。有料化したいなら堂々とそう言えばイイのに、わざわざゴミを増やすようにするなんてバカらしくない?
巨大なウチの本のゴミを見て思ったこと。

そう、いまや本は捨てる時代。そんなこと言われなくてもご存知の人は多いはず。実は何を隠そう出版社と古本屋が一番本を捨てているのだ。もちろん、そこで捨てていい本と捨ててはいけない本をしっかり区別するのだけれど。
その価値判断がBックオフの台頭によって今は混乱している。新しくなければ駄目、という単純な価値判断しかもたないBックオフにとっては、たとえば江戸時代の貴重な版本などは古いだけのゴミとなる。まさに日本文化への冒涜だ。
貴重な本がゴミとならないために古本屋がいる。今まではそういい切れたのだが、世間の認識がBックオフ=古本屋となりつつある現在はそう言い切れなくなってしまった。世も末を通り越した感じだ。
断じて言っておきたいのだが、Bックオフは古本屋ではなくリサイクル屋である。それは恥ずかしげもなくTVで垂れ流されているCMを見れば一目瞭然。カバー剥がしや値段タグを付ける作業の早さを自慢する古書店などどこにもありはしない。

そんな傍若無人な企業を前に、既存の古書業界が打つ手なくただ立ち尽くしている。もともと古本屋にはそんな企業家に対抗する資本などないのだ。

結局、古本屋の手を通らなかった本はいいものもゴミとなってしまう可能性が増した。一番の被害者は良書となるのかもしれない。