朝から雨。今日は店舗臨時休業。

朝飯を食べながら、石川文洋氏のTVを見る。氏はベトナム戦争へ従軍カメラマンとして入り、戦場を撮った報道カメラマン。話はベトナム戦争について主に語られていた。
戦場に入った当初、様子がわからずに姿勢を高くしたまま撮影をしていると、その様子を見ていたアメリカ兵が伏せろ伏せろとジェスチャーする。なんで?と思っているうちに目の前の兵士が撃たれて血を流し始めた。それが”戦場”との最初のコンタクトだったという。
様子がわからないから戦場の怖さもわからなかった。だんだん様子がわかるにしたがって戦場へ出向くのが怖くなった。でも、迫力のある写真を撮るためには最前線に出て行く必要があった。ご本人は「自分は本当に臆病で」と繰り返す。どうしてそこまでして戦場の写真を撮ろうと思ったのか。

氏は戦争の本当の姿を世界中の人に知ってもらうことが必要だと思っていた、と語る。戦争反対の立場から戦場の写真を撮っていたのだ、と。
少し前に見た開高健氏もまたベトナム戦争に従軍し、その悲惨さを手記にして発表。ベ平連にも参加して戦争反対を訴えた。ところが開高氏の中で自分の訴えたかったことと、世間の受け取り方の間に大きな開きがあることに気付いてしまう。何をどう書いてもあの戦場の地獄絵は世間に伝わらない。あの戦場の異常さを理解できる人が居るとすれば、同じように戦場の異常さを経験した人だけだ、ということに開高氏は思い至り、筆の無力さを思い知る。ついには、戦場という現実以上のフィクションは思いつかない、と考えは進み、世界中をめぐる旅に出ることとなってしまった。

石川氏は、戦争の悲惨さを皆が知ってくれさえすれば戦争は起きなくなる、と語る。戦争は人殺しだ、とも言う。戦場での悲惨さを間近で見た人の意見として傾聴するべきとは思うものの、実際に戦争を指示する人は戦場の悲惨さを思い描いてはいないことを、ここ数年のうちに起きた戦争報道で我々はすでに知っている。戦争という行為は一体何か、についてもう一度マクロ的に考えなければならないのではなかろうか。

ベトナムの戦場を一緒に駆けた日本人カメラマンのうち、戦場で亡くなった方は15人。そのうち13人の方と石川氏は面識があったという。慰霊の意味を込めて、四国八十八ヵ所巡りをされていた。

1日店で仕事。雨は夜まで降り続いた。
9008歩 5.40km 65分 519.9kcal 21.7g
280529.jpg