甘露日記

古本屋甘露日記 http://www.kanroshobo.com

2003年10月

赤ちゃんが来た!

弟夫婦の所に少し前長男が生まれた。

そろそろお宮参りに、と考えていたところ、近所に適当な神社が見当たらず、それならこっちで初参りしようか、と相談がまとまったらしい。
母親はお宮参り後のお食事会設定の段取りで数日前から落ち着かない。オヤジはかわいい孫の顔が見られる、と妙に機嫌がいい。
ウチは数日前からまるで引越し前のように荷物を詰めたダンボールと格闘する女房と、「あかちゃんがくるのかぁ」と楽しみにしている息子と娘。ワタシはいつものように本にまみれる日が続いていた(^^;。

今日がその当日。普段の休日並にゆっくりしているワタシを女房がせきたてる。とにかく今日中に棚を全てキレイにしておかないと「みっともないでしょ!」ということらしい(^^;。昨日借りてきたDVDもそこそこに片付けのお手伝い。ひらめいて新たに棚を置ける場所を”発見”したりする。棚をどかして出てくる青い畳。こんなに焼けたのか、と過ぎた年月にしみじみしたり。

モノを動かしているうちに全て片付いた。部屋が驚くほど広く感じる。達成感を味わっていると母親から電話が入る。「もうお宮参り終わったから、お食事会へ行くわよ」皆で近所の割烹のお店へ向かった。
このお店は我々が結婚する前に始めての顔合わせでも使ったお店。数年前にホテル併設で新築されたが今月末に閉店することになったらしい。残念だが今日が食べ納め。

店の前に行くと弟夫婦が居て赤ちゃんを抱っこしていた。「あー、あうのたのしみ」としきりに言っていた娘は様子を見るなり照れて黙ってしまった。男勝りに元気なウチの娘だが、こういうところは女の子だネ(^^;。
お店に入って座敷に通してもらう。まだ寝ているのに足をバタバタと結構動く。そのうちに眼があいた。起きても泣くわけじゃない。ジーっと周りの様子を見ている。皆赤ちゃんに視線集中。それでもおとなしい。随分落ち着いたものだ。
我々の食事が来て食べ始めると、赤ちゃんの様子が少し変わってきた。どうやらお腹がすいたらしい。弟がお店の人にミルクのお湯を頼みに行った。少し冷ましてから口に持っていくとゴクゴクと一気に飲み干した。元気だねぇ(^^)。
母親は赤ちゃんにかまいたくって仕方ない様子。オヤジはビールで真っ赤になった顔のまま、カメラでかわいい孫を激写(^^;。皆うれしそうに新しい家族を見つめた。

外はいい天気。うん。今日はいい日だ。

部屋の整理

店を新築してからかれこれ9年。

そろそろあちこちで不調を訴える箇所が出てくるものだ。
まず屋上の雨樋。防水パッキンが経年劣化し、雨漏りが始まった(^^;。雨漏り自体はパッキンを塗りなおすことで治ったが、雨漏りによってひしゃげた天井と壁紙は戻らなかった。ウチを建ててくれた建築会社に言うと、「無償で直します」と言ってくれた。
その工事の日が近づいていた。単純に壁紙と天井を張りなおす、と言えば簡単そうに聞こえる。だが、実際には、パンパンに詰まった本棚や、TV、ビデオ、DVD機器はもちろん、食器棚にダイニングテーブルまで一通り移動しても大丈夫なようにしておかなければならない。
それはつまり、棚を空にしなければならない、ということだ。
言葉にすると、これまた簡単な作業のように聞こえる。しかし、棚から出した本、皿、9年の間に溜まったごちゃごちゃしたもの、は、行き場が無くなるのだった。工事は1日で済ませてくれるそうだが、結局は棚から出たごちゃごちゃしたものをどうするか、で女房もワタシもいちいち取って置くか処分するかの選択を迫られることになった。

見渡してみる。うーん。数年手に取ってない本もカメラもある(^^;。かといって捨てるわけには行かない。行き場のなくなったこれらごちゃごちゃしたものを、捨てるものと残すものと処分するものに分類した。それはまるで自分の過ごしてきた9年間を振り返る作業となった。

残すものはもちろん現在でも現役で使っているものだ。捨てるものはどうしてこんなものを今まで取っておいたのか、と思えるほどその存在さえ忘れていたもの。すでに捨ててしまったPCの取説とか(^^;。
そして処分するもの。この選択に今回の部屋整理の目玉がある。ウチの商品として売れそうなものをしっかり掃除した上で店頭に並べることにした。なんだか古本屋を新規に開業するときのようだ(^^;。売れて誰かの役にたってくれればそれで本は生きる。知識は必要としている人と共有するのが良いことのはず。

それにしても、一時あれだけ欲しくて追っていた事象なのに、時が経てば処分しても構わない気持ちになってしまうのか、と思うと特別な感情が湧いた。時間が相させるのか、それとも自分自身が前に進んだのか・・・。

このカメラ、この写真。数年ぶりに自分の過去を手に取ると、この写真を撮ったときの感覚が蘇ってくる。それは楽しい経験だった。

金曜、明古。二週間ぶり(^^)

朝から快晴。

女房の布団を干しながら、今日こそは明古へ行くぞ!と心に決める(^^;。

昨日録画してもらったドラマ白い巨塔もそこそこに、9:30から歯医者へ行く。月に一度、歯科衛生士のお姉さんにしてもらう歯の掃除だ。デカイ魚の口の中を掃除する小魚って居たよね。ホンソメワケベラ。いつも行く前はその魚のイメージがアタマに浮かぶ(^^;。って失礼か。
実際には「ハイ、口を大きくあけてくださーい」とか「ここが磨けてないですね」とか、いろいろ言われて恐縮の30分なのだけれども(^^;。

ご入金の荷造りをしているうちに12:30(^^;。また開札時間ギリギリで出発。電車の中では森山大道氏の本の続きを読む。この本は今回初めて読んだのだけど、以前荒木さんのページを書く時にいろいろと写真について考えた(一部は書いた)そのままのフレーズがゾロゾロ出てきて驚いた(^^;。妙な既視感を覚える。写真のことばかり考えて過ごしていた3年前。森山氏の文章を介してワタシは3年前のあの日のワタシと再会したのだった。
ま。もちろん、森山氏の方がとてつもなく深いところまで考え、映像として記録しているわけだからレベル的には比べものにならないけれども。

到着してすぐに第一回から入札。今日は欲しい荷物が前半に集中していた。
入札を終えたら腹が減った。元経営員で一緒だったSさんと一緒に昼飯・昼ビール(^^;。店を出て靖国通りを歩くとまだ15時前だというのに西日のよう。そのまま一旦店に戻る。前金のご送金をネットで確認し、発送荷物をいくつか作った後、月曜日の市会へ出品する荷物をクルマに載せて17時前に再び神保町へ向かう。空は夕闇。東京タワー。この風景は大好きだ。

市場はすっかり終わっていた。駐車場にクルマを停め、出品荷物を2階へ上げる。2階には今日の市会の落札品が集められていた。昨日の一新会での落札品と合わせてカーゴに載せる。
ヌキがまだ3階だというので上がると、仕事を終えた経営員の皆さんがいらっしゃった。これから飲み会とか。いいですねぇ(^^)。

クルマを店まで転がし、荷物を降ろすとまた店は通路が半分ふさがれた(^^;。クルマを駐車場に戻し、帰り道にビデオ屋で「ギャング・オブ・ニューヨーク」のDVDを借りた。

夕食後、大量のご注文にメール書き。いつもありがとうございます。
日記を書いているうちに日付が変わった。

市場へ

朝から晴れ。

なんだか朝から暖かい。ぽかぽかした感じ。
昨日録画してもらったトリビアを見ながら女房と一緒に朝ごはん。
食後は早速仕事に取り掛かる。発送待ちの荷が積み上がっていた。

一区切り付いたので、今日入力する本をデジカメで撮影。昼飯を挟んでいざ仕事開始、と思っていたらケータイが鳴った。「今日もいっぱい出てるよ」Mさんだった。あいよ、了解。とすぐに神保町まで出掛けることにした。最近木曜日は一口が相次いで活気に満ちている。たまには元気をもらいに市場へ行かなければ、ネ(^^)。オヤジは「また本が増えるのか」と渋い顔。全部売ってみせるからサ、とワタシ。

電車の中で先日の森山大道展で買ってきた「犬の記憶」を読む。この本を読んで森山氏の写真がどうして難解なのかが少し判った。氏の文章は非常に詩的で、観念的なことを書きながらも情景がアタマに浮かぶような。また、情景を描写していながらも氏の心象風景を描いているような風。とにかく氏の写真を理解しようとするならまずこの文章を一読しなければ難しいと思われた。
ポーンと投げ出された一枚の写真。これだけではどう見たらいいか正直迷ってしまうが、この本で氏の心象風景を垣間見ると、なぜ、このプリントが生み出されてくるのか、が、少しだけ理解できる。
ワタシは生まれてこの方、この地を離れて暮らしたことが無い。そういう人間にはおおよそ理解できない心の奥底の感情が氏の写真には込められている。旅人の視線。

入札を終えて店に戻ると、オヤジも仕入れに出掛けていて留守だった。気が付けば外は真っ暗で今にも雨が降りそうだった。17時が近づいていたので今日発送分の追加を急いで荷造りしていると電話が鳴った。世界最大のネット書店Aからだった。
当社が古本販売も始めているのをご存知ですか。から始まって、どうしてプロ契約をしないのか、という話から、他のネット販売網には加盟しているのか、ということなど、商売上のノウハウに抵触することまで細かく聞かれた。ウチみたいな吹けば飛ぶよな個人商店にまでセールスの電話を掛けてくるなんて、思うように売り上げが伸びていないのだろうか・・・(^^;。
これだけ販売の方法が多種多様になっているのだからウチもいろいろ考える。A社の賦課金は何処よりも高額なので店で売れない本を意識的に投入するにとどめている。

商売のキモは経費使わずアタマを使うこと。

1日店

朝から天気が悪い。

昨日は娘の幼稚園が遠足で、女房と二人Dランドへ行ってきた。確か前の日まで天気予報では雨と言っていたはず。ところが朝起きてみるといい天気(^^)。こういうシチュエーションってウチが出掛ける予定の日によくありますな・・・。「アナタが晴れ男なんじゃない?」と女房に言われていたけど、ワタシが出掛けなくても晴れたからねぇ。女房に自覚が無いとすれば娘かしら・・・晴れ女?(^^;。

Dランドでの様子をあれこれと聞かせてもらったけど、あまり乗り物には乗らなかったらしい。汽車とダンボとメリーゴーランド。これだけだって(^^;。あとはパレードを見物していたそうな。まあ、確かに乗り物はいくら乗っても乗り物だから、1日に限られた回数しかやらないパレードやショーを見るほうが面白いかもしれないね。幼稚園生だと乗れない乗り物も結構あるしなぁ・・・。絶叫系が好きそうなウチの娘なら将来年間パスポートくらい買っちゃいそうだ(^^;。ま。大きくなってから楽しんでちょーだいな。

仕事の山は幾分少なくなってきたものの、依然として残っている。今日も1日店で地道に入力作業。

IT化

夕刊に興味深い記事有。題して「夢とお金」。

創作を志す者の最大の悩みは今も昔も”貧乏”だけど、樋口一葉は極貧の中で肺結核に倒れ、漱石も帝大の月給(約70円)では食べられずに東京朝日新聞社(月給約200円)へ就職したという。
ところが、最近のIT化の成果が創作の世界で花開いているらしい。

例えば、プロの歌手になる夢を追う人は自分でアルバムをCDに複製できるようになり、路上ライブで歌いながらそのCDを販売するのだそうだ。これなら1枚の原価は50円。2000円のアルバムを4ヶ月で1300枚売った人もいるらしい。何と実収入は月約60万円(!)。
コミケでは人気作家が500円の作品を15000部売ってしまう人もいて、実費を1割とすれば収入は675万円(!)。
1万円の有料メールマガジンに1500人の読者が付いたジャーナリストもいらっしゃるとか。

こうなってくるとパブリッシュという意味も変わってきそうな気がする。以前は編集者・出版社というフィルターをくぐった者だけが与えられてきた発表の機会を、IT化によって途中プロセスを一足飛びして直接読者へ届けられるようになってきたわけだ。
むしろ、「大手の縛りはきつく、他の媒体で自由に描くことはまず許されず、好きな漫画を好きなように描くことも、ありえなくなっている。」らしい(^^;。

自由に作品を発表し、ファンさえ付けばプロ以上の収入も得られるという現象。コレが昨今の現実なのだ。

文章だけ読むといい時代になったなぁ、という感想も浮かぶのだけど、何か物足りない気持ちになったことも確か。何故だろうか、と考えると、やはり出版物に対しての憧憬が自分の中にあることに行き着いた。
確かに自費によって作品を作って配布し、それが受け入れられることで自分の中で完結(満足)出来るならそれでも構わないだろう。でも、きっとそれだけじゃ満足できなくなるのが人間じゃないかしら。

「人間、最後に欲しがるものは名誉じゃ。カネなんて後からいくらでも付いてくる」と言った白い巨塔の西田敏行さんの科白を思い出す。
やはり作品を創作する人にはそれなりの発表の場が与えられなくてはならない。自費出版で配布できるのはごく少数だから、その作品もいつか揮発してしまう気がする。結局いずれパブリッシュしたいという気持ちは強くなってくるのではないか。

良い作品にはそれ相応の発表の場を、と思った。
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